レモンタルトの夢

イラスト、写真、お話しなどを載せています。時々根尾くん♪

「おそすぎますか」田辺聖子

私は大阪にある出版社に勤めているOLである。


小さな会社だけど業績は良く、
その分社員は普通の二倍も三倍も働かなければならない。
私は仕事が好きで、生甲斐を感じている。


私には恋人がいる。
透は仕事で忙しくいつも疲れている私を
会うたびにいたわってくれる。


プロポーズされて私は透と結婚することにした。
仕事で自分の結婚式にさえ遅刻しそうになったが
透はそんな時でさえ優しくねぎらったくれた。


私は透の優しさに甘えていた。
それはずっと変わらないと思っていたのだ。


でも結婚すると人は変わる。


☆☆☆


結婚してから
私は旅行本の担当になり、
地方への出張が多くなった。
透とはますますすれ違いが増えた。


食事を作り置き、手紙を置いて家を出る。
しかし、家に帰ると
作った食事は手付かずのまま
手紙も読んでいるかどうかわからなかった。


ある日、珍しく早く家に帰れそうになり
私は透に電話をかけた
外食でもしようと提案すると
家で私の手料理を食べたいという。
通は嬉しそうだった。



しかし、帰る間際に仕事が入ってしまい。
何とか仕事を片づけて帰宅すると
帰っている筈の透の姿はなかった。


夜中に飲んでへべれけになって帰った透は
「いつ家に帰っても家におらんのに、
飲まずに何してろと言うねん」と
静かに言った。
怒らないことがかえって怖かった。


私は仕事を急いで片づけたことや
透を探しに行きつけの店を探したことを
懸命に話したが
透は
「電話なんか、せんといたらいいやないか!」と言ったきり
口を噤んでしまった。



透は「家財道具は全部譲る」と言って
家を出て行った。
でも私は「離婚は嫌だ」と籍はそのままだった。


ある日、会社に一人の女性が私を訪ねてきた。


女性が来ることはあらかじめ透から聞いていた。


女性はオドオドした目をした27、8歳の
おとなしそうな女だった。


(この人は透の赤ちゃんを産むんだ。
それで私に離婚してくれと頼みに来たんだな)


私はそう思った。


昼休み時で、私は女性を食事に誘った。
女性は気を飲まれたように「はい」と返事をすると
私についてくる。


私は女性を店に案内しながら
こんなことを考えていた。


(私が「仕事を取ります」と離婚したら、上司は喜ぶだろうな。)


また正反対なことも考えていた。


(もし透に「仕事をやめるから、もう一度やり直させてください。
もうおそすぎますか?」と言ったら。)


寒い日で風が強く
酷い砂ぼこりが舞った。


私は立ち止まって目をこすった。


「酷いほこり」


私が目をこすったのは
ほこりのせいではなかった。


「はい、本当に」


見ると女性も目をこすっていた。