レモンタルトの夢

イラスト、写真、お話しなどを載せています。時々根尾くん♪

「人情すき焼き譚」田辺聖子

30代の後半になって、
ようやく鶴治が見合い結婚したのは
一つ年下の、
東京でフラワーアレンジメントの先生をしている
令子という女性でした。


鶴治は代々続いていた(過去形)紙問屋の長男で
母親が生きているうちは鶴治の結婚相手に何かと注文が多く
鶴治は婚期を逃してしまったのでした。
両親は亡くなり、身軽になった鶴治の元に
令子は関西にもフラワーアレンジメントを広めたいと
嫁入りして来たのでした。


ある晩、鶴治は食卓に用意されたすき焼きを見て
愕然とします。すき焼きは鶴治の大好物です。
美味しそうに煮えているすき焼きですが、
材料も作り方も関西風とは全く違う・・。
令子にあれこれ言うと
「じゃあ、どうやって作るのですか!」と
切り口上に返されてしまいます。
鶴治は料理などしたことがなく、
すき焼きの作り方も知りませんでした。


そんな風にして二年が経ったころ・・
鶴治の所に昔付き合っていた恋人、百合枝から電話がかかってきました。
百合枝とは子供までできた仲でしたが、
鶴治の母親が結婚に大反対、
結局百合枝は子供をおろし、
鶴治は結果的に百合枝から逃げるような形で
別れたのでした。


久し振りに会った百合枝は昔よりあか抜けて口も軽く
いい感じの中年女になっていました。


鶴治は百合枝に関西風のすき焼きの作り方を尋ねます。
「そしたらこれからすき焼きの店に行って
私が作ってあげる」


百合枝の作るすき焼きは、まさに鶴治が求めていたものでした。
夢中ですき焼きを頬張る鶴治に百合枝はつぶやきます。


「やっぱりあんたは自分のことしか考えへんお人や」


「・・・」


酒が入ったせいもあって、
百合枝は昔の恨みつらみを言い募ります。


(そんなこと言われたら
せっかくのすき焼きが台無しや・・)


☆☆☆


妻の令子は仕事が忙しくなり
日本全国あちこち飛び回るようになります。
そして「こんなに自由にさせてもらって
あなたには感謝している」と。


標準語のせいできつく聞こえる言葉や
鶴治の口に合わない食事を作る令子ですが
腹には何もない女だということが、
鶴治には分かっていました。


ただ鶴治は令子が作る料理が物足らなくなると
百合枝を誘ってすき焼きを食べに行きます。


その時は百合枝に昔の嫌味をチクチク言われるのですが、
鶴治はそれもすき焼きを美味くする香辛料にも
思われてくるのでした。