レモンタルトの夢

イラスト、写真、お話しなどを載せています。時々根尾くん♪

「心と手」Oヘンリー

東に向かう列車の、向かい合った四人掛けの席に
一人の若い女性が座っていました。
育ちの良さそうな愛らしい顔をした女性でした。


列車がデンバーの駅に停車すると
沢山の客が乗り込んできました。
その中に身なりの良い、ハンサムな青年と
粗末な服装の風采の上がらない感じの男の
二人連れがいました。


二人は四人掛けの席の
若い女性の前に座りました。
若い女性が、二人のうちの青年を見ると
顔を輝かせて声を上げました。


「まぁ、フェアチャイルドさん、
本当にお久しぶりですわ!」
女性はそう言うと
手袋をはめた手を
青年に差し出してきました。


青年は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた後
「あぁ、貴方はイーストンさん・・
左手で失礼しますよ。
右手は今塞がっていますので・・」
それで女性は青年と隣の男の手が手錠で繋がれて
いるのに気が付きました。


その時隣の男が女性に話しかけてきました。
「おやおや、お嬢さんは旦那のお知り合いですかい。
今俺は旦那に刑務所に連れて行かれるところでね。
いやなに、偽札作りで6年ほどくらっちまって。」


「それではフェアチャイルドさんは
今は保安官をなさっているのですね。
立派なお仕事ですわ。」


「いや、それほどのことでも・・」
青年はそう答えます。


それから女性と青年はしばらく他愛ない会話を交わしました。


「フェアチャイルドさん、
私たちワシントンでお会いできますわね。」


「いえ、仕事がありますし、なかなかそういうわけには・・」


男が痺れを切らしたように
話に入ってきました。


「旦那、そろそろ喫煙室のある車両に行ってもらいたいんだが・・。」


青年は女性に
「長い移動中は煙草くらいしか楽しみがないので・・
では、イーストンさん、これで失礼します。」と別れの挨拶をし、
青年と男は席を立って
別の車両へ去っていきました。


★★★


近くの席で三人の会話を聞いていた
別の乗客がこんなことを話していました。


「あの男、若いのに保安官とはたいしたもんだね。」


「何だお前見てなかったのか、
若いのの右手は手錠がはめられていたぜ。
自分の利き手に手錠をかけるような
馬鹿な保安官はいないさ。」