「きつねうどん慕情」田辺聖子
バツイチの中年サラリーマン、涌井の楽しみは
昼休み、会社の近くのうどん屋で、
大好物のきつねうどんを
食べること。
前妻の咲子との離婚の原因は
(涌井の姉が言うように)咲子の
生活全般だらしないところではありましたが、
一番の原因は咲子の食に対する興味の薄さで、
食べ物の好みの合う女と暮らすのが
涌井の夢だったのです。
子供がいないこともあって二人はあっさり離婚したのでした。
涌井は週に三日ほどうどん屋で見かける、
自分と同じ年頃の女客が気になっていました。
美味しそうにうどんをすする、
質素ではあってもきちんとした身なりのその女を
涌井は好感を持って見ていました。
ある時相席になった二人は、
「うどん好き」で意気投合、付き合うようになります。
その女は民江という名前で
涌井と同じく子供なしのバツイチ、
義弟の経営するパン工場で働いていると言います。
民江は「衣がぐずぐずになった天ぷらうどんが好き」などと言って
同じ好みの涌井を喜ばせます。
そうして涌井と民江は結婚して
一緒に暮らし始めたのでしたが・・
☆☆☆
涌井は元妻の咲子の勤めるスナックに
ちょくちょく顔を出すようになっていました。
涌井は咲子に妻の愚痴をこぼします。
妻となった民江は豹変してしまったのでした。
民江は金に細かい女で、
涌井の楽しみである昼の外食も「勿体ない」と
許してくれません。
その上、気が高ぶると「パシーン」と人の身体を叩くという
悪い癖がありました。
「それならお宅、お金がたまっていいじゃないの」
「・・・」
涌井はカウンターの椅子に座り
薄い水割りを飲みながら
きつねうどんや
ぐずぐずになった天ぷらうどんの味を偲びつつ
身体をゆらゆら揺らすのでした。
おわり