上司からのパワハラに遭っていた私は
休憩時間にロッカー室からすぐ隣のビルを眺めるのを
日課にしていました。
見えるのは隣のビルの屋上、時々開いている窓の部屋の中、
そして中庭の木蓮の木とベンチ。

ある日、上司から理不尽な叱責を受けた私は
発作的にロッカー室の窓から
隣のビルの屋上に渡ってしまいます。

運よく屋上から下に降りるドアが開いていて
階段を下りていると
ビルの住人と鉢合わせ・・。
住人は女性で
私と同じくらいの年齢に見えました。

私はなぜか女性に「隣のビルからこちらの屋上に
移ってきた」と告げてしまいます。

「上司に叱られて、気晴らしに・・
いつも隣からこちらを見ていたので・・」

それを聞いて、女性は私にビルの中を案内してくれ
その上、中庭でコーヒーを一緒に飲まないかと誘ってくれたのでした。

木蓮の木の下のベンチでコーヒーを飲みながら
女性は自分のことを話してくれました。

勤めていた会社の上司が嫌で転職を決めたこと。
再就職先は遠く、もうすぐこのビルから引っ越すこと。

女性は私が時々眺めていた部屋の住人でした。

それを打ち明けると「窓を開けていればそういうことも
あるだろうと思ってました。」

「私が隣から来たこと、警察に言わないでくださいね。」

「まぁ不法侵入だけど、誰かに八つ当たりしたりするよりは
いいですよ。」

（会ったのがこの人でよかった、本当に運が良かった。）
私はそう思いました。

そしてまだ自分にこんな運があるのなら
あの上司に傷つけられないところに行こう。
私はそう決心したのでした。