レモンタルトの夢

イラスト、写真、お話しなどを載せています。時々根尾くん♪

春秋の檻 藤沢周平

「善人長屋」


登は叔母から居候呼ばわりの上こき使われ
いとこにあたる娘、おちえにも
呼び捨てにされるなど
さんざんな扱いを受けています。
でもいつしかそれにも慣れて
叔父の替わりに獄医の仕事に精を出します。


ある時、吉兵衛という囚人に
「自分は無実だ、ハメられてここに入れられた。
自分には娘がいて、自分の帰りを待っている。」と
泣きつかれます。
吉兵衛は追いはぎともみ合ったすえ
相手を刺殺したという罪で
捕まっていました。


登が馴染みの岡っ引きと調べると
とんでもないことがわかります。
吉兵衛は無実どころか
昔、同じ長屋に住む仲間たちと
押し込み強盗をして、
その時も人を殺していたのです。


吉兵衛の娘は
別件で捕まり島流しになった
仲間の一人の子供でした。
娘は吉兵衛を実の親と信じていました。


事実がわかり、娘は
親切な長屋の夫婦が引き取ってくれることに
なりました。


幸薄いその娘と
我儘に暮らすいとこのおちえと、
同じ年頃のふたりを
心の中でつい比べてしまう登でした。




「女牢」


登はある日女牢を見回っていて
一人の女囚に目を留めました。


「あの女には見覚えがある・・」


しばらくして登はその女のことを思い出しました。


3年ほど前、登が江戸に出てきた頃、
若い瓦職人の怪我の手当てのため
その男の家に何回か通ったことがありました。


女囚はその瓦職人、時次郎の女房、おしのでした。
怠け者で乱暴な時次郎と一緒にいては
おしのは決して幸せになれないと
登は思っていましたが
それをおしのに話すことはできませんでした。


おしのは時次郎を殺した咎で
死罪が決まっていました。
罪は認めたものの、亭主を殺した理由に関しては
頑として口を開かなかったとのことでした。


口数の少ない、
大人しいおしのに何があったのか・・


登が苦労してあちらこちら聞きまわって調べたところ
当時、時次郎は博打にはまっていて
能登屋という金貸しから金を借りていました。
そして金が返せなくなると
言われるまま女房のおしのを
能登屋に差し出していた・・ということが
わかりました。
時次郎の仲間が登に言います。


「いくらてめぇの女房でも
俺にゃそんな真似はできねぇ。
時の野郎は殺されても仕方なったんだよ。」


☆☆☆


おしのも牢を見回っている登に気が付いていました。


ある夜、女牢の牢名主のおたつが
登を牢に呼び出しました。


おしのの処刑が翌日に迫っており、
この世の名残におしのが登に逢いたがっていると・・・。


登は真っ暗な牢の片隅でおしのを抱いたのでした。


翌朝、登は牢を出るおしのを見送りました。
登を見つけたおしのは
かすかに白い歯を見せて登に笑いかけ、
刑場の方へと曳かれていきました。