「都会は遠い」②

「都会は遠い」②


「すぐにフェリーヌに荷づくりさせないとね。
トランクは7個で足りるかしら。
お母様はご自宅でそれほどパーティは
なさらないのでしょう?」


ロバートは妻に田舎の生活を話して聞かせ、
一週間後ふたりはロバートの故郷の駅に
降り立ちました。


駅には弟のトムがラバに引かせた馬車で
ふたりを迎えに来ていました。


「ボブ、やっと帰って来たな。
着替えもせずに迎えに来て勘弁してくれよ」


ロバートは弟の手を握り言いました。
「前に帰ってから二年経ってるからな。
これからはもっと来ることにしよう」


トムは駅舎からレースのパラソルをさして出てきた
都会的で美しい兄嫁を前にして
あたふたと落ち着きをなくし、
道中ろくに口もきけなくなりました。


馬車で家路をたどると
よく実った麦畑には
夕日が黄金色の光を
降り注いていました。
ここまで来れば都会はもう遠い・・。


農場に入ると、家までの小道の両側には
胡桃の木が生い茂り
野ばらのにおいも、
鳥の声も、牛の首に下がる鈴の音も
ロバートに「おかえりなさい」と
囁いているようでした。
彼の中で都会での生活は
どんどん遠ざかっていきました。


挨拶をすませ夕食を終えると
一家全員、飼い犬も交えて
正面のポーチに顔を揃えました。


アリシアは午後のお茶会に出るかのような
薄いグレーのドレスを着て
目立たないように座っていましたが
母親は嬉しそうにマーマレードの出来や
腰の痛みのことを彼女に話しかけました。


そのうちにロバートは
すっかり昔に戻ったような気持ちになり
犬と転げまわったり、
弟とレスリングの真似ごとをしたり、
妹をからかって、追いかけまわしたり・・
度を越した息子のはしゃぎぶりに
さすがに母親が窘めにかかりましたが、
アリシアは黙って夫の様子を眺めていました。


ほどなくしてアリシアは
「今日は疲れたのでこれで失礼します」と
席を立ちました。


アリシアはドアの前に立っていたロバートの前を
彼の顔も見ずに通り過ぎました。


ロバートは乱れた髪をして、服装もだらけ、
洗練された都会人の姿は
もう跡形もありせんでした。
アリシアがその場にいたことを
すっかり忘れていたのです。


それから一時間ほど雑談をすると、
ロバートは部屋に戻りました。


アリシアは着替えもせずに
窓辺に立っていました。
窓のそばには大きな林檎の木が植わっていて
満開の花をつけています。


ロバートはため息をついて
窓のそばに近づきました。


さっきまでのことで
化けの皮ははがれてしまった。
所詮自分は田舎者にすぎないのだ。


「ロバート」
静かな声でアリシアは言いました。
「私は紳士と結婚したつもりだったのよ。」


ロバートは林檎の花をじっと見つめていました。
まだ声は続きます。


「だけど・・」
アリシアはロバートのそばに立つと言いました。


「だけどわたしが結婚したのは、
もっともっと素敵なひとだったのね。
キスしてちょうだい、ボブ」


(おわり)


「都会は遠い」(O・ヘンリー)より