「車を待たせて」①

「車を待たせて」①


黄昏時になると間もなく
静かで小さな公園にひとりの娘が現れて
ベンチに座り、本を読みはじめました。


グレーの質素な服にターバンのような帽子。
おっとりとしたたいそう美しい顔が
帽子にかかっている粗い目のベールから
透けて見えます。


娘は前日もその前の日も
同じ時刻にその公園にやってきていて、
それをひとりの若い男が見ていたのです。
そして今日も。


娘がページをめくる際
指が滑って本が地面に落ちた時、
男はこの時とばかり
娘の傍に走り寄って本を拾い
娘に手渡しました。


娘は本を受け取ると、普段着姿の男に
目をやりました。
これといって人目につくような
変わったところのない
ごく普通の男です。


「・・よかったら、おかけになりませんが?
もう暗くなってきて、本は読めそうにありません。
一緒にお話でも・・」
娘は男にそう話しかけました。


男は嬉しそうに娘の横に座ると
こう言いました。


「あなた程の方をこのあたりで見かけのは
滅多にないことですね。
実は昨日も遠くから拝見していました。」


娘は冷ややかな声で答えました。
「・・どこのどなたか存じませんが、
今のは聞かなかったことにしますわ」


「これは失礼、謝ります」


娘は言いました。
「それより、
このあたりで行ったり来たりしている人たちは
一体何をしているのでしょう?」


「さぁ、これから夕餉に向かうのか・・
それぞれ素晴らしき人生模様があるのでしょう」


男がこう答えると
娘が話しだしました。


「私は一般の人たちの生活を知りたいと思ってますの。
今日はメイドに借りたこの服やヴェールや帽子のおかげで
身分を隠していられます。
・・私は社交界やら贅沢な暮らしなど、
うんざりしておりますのよ。」


「そうですか」
男はおずおずとした調子で言いました。
「僕などはお金と言うものは
常々ありがたいものだと思ってますがね・・」


「それがいつものことになってしまうと、
シャンパンに入れた氷がチリンと鳴っただけで
本当にうんざりした気分になりますのよ」


「上流社会の暮らしぶりについては
本などで見聞きするだけですが、
シャンパンは瓶ごと冷やすものだと思っていました。
シャンパンに氷を入れることなど
あるのですか」


娘は笑い声をあげると
教える口調で言いました。
「今はシャンパンに氷を入れるのが
私どもの間で流行っているんです。
ところであなたはどんなお仕事を
してらっしゃるの?」


娘に聞かれて男は答えました。
「私はレストランで働いています。
会計係をやっているんですよ」


「今は勤務中ではありませんの?」


娘は左腕に巻かれた小型の時計をのぞき込ました。
これは高価なもののようでした。
そしてそそくさと立ち上がりました。


「今日は夜勤なので、仕事はこれからです。
まだ一時間は余裕があります・・。
またそのうちにお会いできるでしょうか?」


「さぁ、どうかしら・・
またここに来る気になるかもしれないし、
ならないかもしれない・・」


娘は答えました。


つづく